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渡辺隆之 個展 「生きているということ」

2021年11月20日(土)-12月5日(日)(11/24, 25 12/1, 2 水・木 休廊)
12:00-18:00
作家在廊日: 11/20、21

 
長い間、渡辺隆之は類稀な「陶芸家」であると信じて疑わなかった。初めて会いに行った南伊豆の小さな家に厚かましくも泊めてもらったのは2016年の夏の終わり。ヘンテコなトロピカル風温泉へ行き、奥さんのれんちゃんの夕食をいただいた。ちゃぶ台には渡辺君が作った土器の小鉢や茶碗や皿が並び、台所では彼が作った土鍋でご飯が炊かれていた。翌朝はその使い込まれた土鍋の残りご飯でお茶漬けを皆で食べた。食べ終わり、洗い上げられた土器を持って渡辺君は当然のように表へ出て、入り口に置かれていた木のベンチのようなものの上にそれらを天日でで乾かす為に置いたのだ。ほとんど漆がはげて地が見えて、縁も欠けたそれらのうつわが陽の光に照らされていた光景があまりにもうつくしく私の目に焼き付いて、それから数年もの間、つい最近まで私はその執着から解放されることがなく、展覧会前になる度に彼と喧嘩をすることになるなんてその時は知る由もなかった。その訪問時に何を話したのかほとんど覚えていないけれど、あの漆を纏った土器たちを私の場所で伝えることができるのだと高揚して帰ったはずだった。それから3年ほど経ち、いよいよippo plusでの初個展の打ち合わせをする時期になり、渡辺君が来阪し、私達は食卓を囲んだ。私はもちろん彼が作った黒い漆を纏ったお気に入りの鉢に料理を盛り、彼の前にこれ見よがしに出した。「いいですね」と確かに彼は言ったと思う。食後、私はこれがどんなにうつくしくて良い物であるか、作った本人にとうとうと語り、初個展ではこれを大小色々と作って欲しいと頼んだ。
彼の答えは端的に言えば、「嫌だ」だった。うつわは作りたくないと言われたのだ。それでも私は譲れなかった。あの日の朝、渡辺家で見たあのうつわの風景以外考えられなかったのだ。あんな素晴らしいうつわが作れる陶芸家がうつわを作りたくない気持ちが理解できなかった。私は傲慢にも渡辺隆之はうつわを作るべきだとまで思っていた。
ippo plusから車で10分ほど行ったマンションの一室に「無由」と呼ぶ「茶室」のある場所を設けた時、渡辺君はお祝いにと火鉢を作ってくれた。その火鉢を前にこれは光悦を超えたんじゃないかと興奮気味にお礼の電話をした。その火鉢は私にとって、炭と火のための「うつわ」に違いなかった。

険悪なムードが流れる夜中12時ごろ、もう決別を覚悟しながら、私はその火鉢を膝に抱え、「この火鉢は私にとってうつわですけど?」と刃向かった。すると彼は「それなら作れる。それぐらいの大きさの鉢なら作りたい。」と言った。私は大阪の人間なので、「作れるんかい!」と口に出しそうになったが、ようやくうつわの概念が違うことに気がついた。私は陶器について良くも悪くも無知過ぎて、目に見えないものが入るものも「うつわ」だと捉える。一般的には「うつわ」は水が漏れない「良い土」とされている土を使って作る、料理を盛るのに最適なもののことなのだ。そもそも自身を陶芸家だと思っていないと言われても理解し難かったが、数ヶ月後には色んな土の鉢か壺のようなものがやってくるんだなとひとまず安堵した。それから間も無くして送られてきたDM用の作品を膝に抱えた瞬間、泣き出しそうになった。これは私が伝えたいものだ。
初個展初日、白いカーペットを敷いたippo plusの床に並んだ大小の鉢は私にとっては紛れもなく渡辺隆之のやきものの「うつわ」だった。人々は床にしゃがみ、子供がプレイルームでおもちゃに興じるように、作品と戯れていた。その光景に感動しながらも、2年後はきっと私の愛するあの「土器」もやってきてくれると密かに期待していた。ここまで固執しているのだから彼も折れてくれるだろうと軽く考えていた。初個展は大成功だったと言っていいだろう。うつくしい土の風景が生まれ、多くの作品が旅立ち、私も渡辺君も笑顔だった。初めて南伊豆を訪れてから3年の月日が流れていた。私とパートナーのまさは毎年夏の終わりに渡辺家族を訪れるのが常になっていて、今年の夏は少し早めの7月に花火を手土産に伊豆へ足を運んだ。他でもない、2回目の個展の話をするためだ。その前に伊豆のギャラリーで開催中の渡辺隆之展「ある」を一緒に訪れた。砂いこみの食器のシリーズ以外に、やきものは見当たらなかった。植物を使った値段の付いた作品と、付いていない作品が並んでいた。ギャラリーに併設された喫茶店でアイスコーヒーを飲みながら、渡辺君は感想を聞かなかったし、私たちもその展示について触れなかった。
その後、田中山にある住居兼工房へ着くといつも通り奥さんのれんちゃんの笑顔と、一年分大きくなったハルとフクが出迎えてくれた。いつものように犬の散歩がてらみんなで夕食前の散歩に出かけると、今年もまたフクがすっと自然とまさの手を握りにいく。どうしてまさはこうも子供に大人気なんだろう。運が良ければ草むらの向こうに富士山が拝めるが、今年は雲に覆われ見えなかった。賑やかに穏やかに夕餉をしたため、花火をし、子供達は寝る時間がとっくに過ぎていることを大人が気づかずにいてくれないかと内心願っているようにはしゃぎ続けていた。
子供達が寝静まり、いよいよ本題の時間がやってきた。2年前の個展以来、次にどんな展覧会にするのか私達は話し合ってこなかった。私はまだ過去の景色に執着しており、それが彼の見ている景色と違うことに薄々気づいていながら言及することを避けていた。まず彼が何を考えているのか腰をすえて聞かなければならなかった。なぜなら「何をしましょうか」と口火を切った彼の声のトーンから、私がその時点で提案しそうなことは全て彼がやりたいことではないことは明らかだったからだ。
彼は話し続け、私達は聞き続けた。途中何度か質問をした。その度に彼は怒りを露わにした。どうしてそこまで思考するのか。思考して思考し尽くした先に感覚的なことが立ち現れるとしても考えないこととは大きく違うのだ。
ただただうつくしいでは何がいけないのか。うつくしいってなんなんだ。その言葉自体があやしいものだ。「生きる」ということを突き詰めたいなら、粛々と日々生きていればいいんじゃないか。作品を発表する必要があるのか。ある。僕は表現者で窓を開けて大声で「僕は生きている!」と叫びたいのだから。他と共感したいのだから。
ippo plusの展覧会でやきものは出したくないのか。午前3時を回った頃だったか、そう尋ねた私に彼はこう答えた。やりたくないことは、ない。私は語気を強めて言った、やりたくなくもないそんな中途半端なことなどやってもらいたい訳じゃない。やりたくないこともないことなんてやられたら、たまったもんじゃない。その時まで側で呆れてか諦めモードで静かに二人のやりとりを聞いていたまさが割って入った。今、渡辺君がやりたいことがいくつかあるとして、その中から僕たちが共感できる一つだけを抽出して見せる、というのは構わないのか。それは、いい。それでは具体的にどんな作品なのか見せて欲しい。朝の4時を過ぎて私達は一旦眠ることにした。翌朝、彼は目の前でそのippo plusで見せたい、焼かない作品を作ってくれた。私はその作品を見つめながら、ここに彼の表現したいことが純粋にシンプルに凝縮されていることを少しずつ理解し始めていた。これでいこう。具体的なことはもう少し日が近づいてから話し合うとして、私達はまた同じ方向を見ることを決めて、別れた。
それからというもの、あの夜彼が話してくれたことを何度も何度も反芻し、考える日々を過ごした。秋が始まる頃には焼いても焼かなくても表したいことは同じだという彼の事を深く理解することができてきた。もう過去の幻想に囚われていないことが嬉しくて一日も早く伝えたいと思った矢先、彼から会いに行くと連絡があった。もう何も不安はなかった。しっかりと彼に共感できているのか再度確かめるように彼の言葉に耳を傾け、何度も頷いた。つい3ヶ月前は「いい加減に頭でっかちになるのをやめて、あれこれと面倒なことを言い立てずにいい焼き物が作れるんだから作ればいいのに」と思いながら聞いていた同じ話が今はするすると入ってくる。
「生きている」ってことをその時最適な表現方法で伝えたいだけなのだと、言葉にすると月並みで安っぽいかもしれないけれど、繋がって生きているということを表現したいと彼が恥ずかしげも無く繰り返すので、私も怯まず真っ直ぐにそれを受け止めようと決心する。
展示風景をどうするか、作品を販売するのか又は入場料を設けるのか、ドネーション制を取り入れるのか。この展覧会の在り方についても私達は時間をかけて話し合った。ひとつひとつの作品を販売し、会期終了後に箱に入れて届ける。ギャラリーが、実際の「物とお金の交換」以上のものを交換、やりとりする場である実感を元に出した結論である。

大地があって空があって、その間に人間と植物があって、それをどう組み合わせてどう位置を変えて何を間に介在させ、どう接して、どう付き合うか。
親身になれる素材、彼と同じところで生きている生き物(田中山の土、散歩道のネコジャラシ、苧(からむし)、隣の養蜂家から分けてもらった蜜蝋)を一時的に借りて見える姿にすること。
この作品は渡辺隆之の中を通って、これまでやってきたことをとても簡潔な数式にしたようなものだ。
やきものに比べると実際の作業量は少なくても、この作品に至るまでの彼が思考に費やした時間は膨大である。
どうして生きているのかという問いと、どうして作るのかという問いとが彼の中で同じになった今、土と植物と人間の関係性の中に「火」が介在する「やきもの」もそうでないこの作品も、彼が思っていることを相手に伝える為の表現として、大きな違いはないのだ。
土のおもりから植物が出ているという単純な構造が風でふわふわ揺れていて、いずれ土に還る。
生きているとは「空と地の狭間に風で揺れてるふわふわした存在としてある」こと。
つまりこの作品は、「生きているということ」そのものなのだ。
この軽い存在が、生きているということの美しい数式のようなこのシンプルな存在が、渡辺隆之の声である。

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